目次
勤務医向けの節税本を読んだ感想
勤務医向け、医師向けの節税本を読んだ感想としては、
・新専門医制度や地域包括ケアシステムなど時事ネタを盛り込んであるが節税には直接関係ない
・最終的には新築ワンルームマンションを勧めている。古い本の中にはいわゆるスルガ銀行によるスルガスキームで中古RCを勧めている本もある。
・不動産の減価償却費が節税に使えるというのは事実
・不動産が相続税対策になるという一般的な話をしているが売っているワンルームマンションでは価値がマイナスのため相続税対策にはならない
・情報弱者な勤務医に物件を売るための営業本になっている
・減価償却費等による節税メリットは示しているが投資自体の損失(キャピタル・ロス)については全く触れていない。
勤務医の節税方法2パターン
勤務医の節税本をお探し先生は、高い所得税をどのように節税するかをお考えかと思います。
私の考え得る勤務医の節税方法としては
①様々な控除を使っての節税
②不動産や事業の経費(減価償却)による節税
の2パターンかと思っています。
様々な控除を使っての節税
①のパターンですが、勤務医の給与所得については個人事業主や法人のような経費は認められていない一方で、一定の給与所得控除が設けられています。
※給与所得控除については、上限の控除額が徐々に減ってきています。
給与等の収入額 | 給与所得控除額(上限) |
平成25〜平成27年 1500万超 | 245万 |
平成28年 1200万超 | 230万 |
平成29〜31年 1000万超 | 220万 |
平成32年〜 850万超 | 195万 |
このように世間的には高所得者である医師にとっては増税の流れになっています。我々医師側からすると、サービス残業など給与にならない仕事もたくさんしているので、増税は正直辛いです。
給与所得控除以外にも、
・生命保険料控除
・住宅ローン控除(住宅借入金等特別控除)
・医療費控除
・セルフメディケーション税制によるOTC控除(医療費控除の特例)
・特定支出控除
・ふるさと納税による寄附金控除
・個人型確定拠出年金(iDeCo)
があります。特定支出控除は勤務先からの証明書が必要だったりと要件が厳しいため普通は使えないので考える必要はないと思います。
勤務医にとっては生命保険料控除、住宅ローン控除、ふるさと納税、個人型確定拠出年金(イデコ)の4つが主な節税対策になるかと思います。
ふるさと納税は返礼品というリターンが得られるため、利用していないならばおすすめです。慣れると非常に簡単でメリットが大きいです。平成27年1月以降、ふるさと納税の控除額が2倍に拡充されていたり、5団体以内の納税であれば確定申告が不要のワンストップ特例もあります。
米や野菜など普段使うものでも良いですし、美味しいお肉やフルーツ、毛ガニやウニなどの海鮮もおすすめです。返礼品は家族にとても喜ばれます。初めての場合で確定申告をしたことがない、給与所得が2000万円未満であれば、まずはふるさと納税ワンストップ特例での利用を検討してはいかがでしょうか。
控除以外では、普通に勤務医として働いていて給与所得に対しての経費計上はできません。一方で、製薬会社の講演会など本業以外の給与であれば、雑所得に分類されるため、雑所得に対しては経費計上が可能と考えられます。
講演会の勉強のために使った書籍や移動のために使った交通費などです。交通費は製薬会社からタクシーチケットをもらうとは思いますが…。
勤務医の確実な節税対策としては、各種小さな控除やふるさと納税です。これらの節税対策をせずに、節税本で勧められているような新築ワンルームマンションの購入は絶対に止めてください。
不動産や事業の経費(減価償却)による節税
では次に、2つめのパターンである不動産や事業の減価償却による節税方法についてです。勤務医の先生で何か事業やスモールビジネスを所有している方は少ないと思いますので、ここでは不動産投資・不動産事業に絞って説明します。
勤務医のための〜、医師のための〜と謳われる節税本のほとんどが、不動産業者が書いた本です。
ほとんどの本で共通しているのが不動産の減価償却による節税です。ここで少し詳しく説明します。
減価償却を分解すると、減価(価値が減る)+償却(償う、弁償、返却)ということなので、価値が減った分を(経費として)返すというような意味に取れます。
実際に経費としてお金は支払っていないけれど、税法上、経費にできるのが減価償却費です。
不動産で価値が減るのは建物部分で、土地については昔から土地神話があるためか、価値が下がらないと考えられているため、減価償却の対象になりません。
不動産に限らず、様々な物に法定耐用年数が定められています。ここでは不動産に絞って耐用年数をお示しします。
建物の構造(住宅用) |
法定耐用年数 |
鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)/鉄筋コンクリート(RC) |
47年 |
重量鉄骨造 | 34年 |
軽量鉄骨造 | 27年 |
木造 | 22年 |
他にも付帯設備は15年などの決まりがあります。
例えば、よく勧誘のある新築ワンルームマンションであれば通常、鉄筋コンクリート(RC)であるため、法定耐用年数は47年になります。
付帯設備を考えず、建物部分の価格が4700万円であれば、47年で割ると減価償却分は100万円になります。その100万円を毎年減価償却として経費にできます。
ただし、建物部分4700万というのは相当大きなマンションであるため、通常の2000万くらいの新築ワンルームマンションで建物割合が8割とすると、1600万円が建物価格になり、47年で割ると約34万円になります。
個人で購入した場合、減価償却の金額にご自身の給与所得の所得税+住民税を掛けたものが節税額になります。
減価償却50万円で所得税+住民税が4割だとしたら、節税額は50万×40%で20万円になります。
↑赤字の下線部分が減価償却費や不動産取得税などによる税法上のマイナス分
不動産投資を行うことで、確定申告の所得金額に、建物の減価償却費や管理会社への管理手数料、不動産取得税等を経費計上できるため、本業の給与所得との損益通算により節税効果が得られるというわけです。
不動産投資自体は大失敗という真実【美味しい話には裏がある】
ここまで話したようなことが、勤務医を始めとした医師向けの節税本に書かれています。減価償却を利用した節税は、法律で認められており事実です。他にも、不動産が生命保険代わりや相続税対策、資産になると書いてあります。
そういった節税本で大きく抜け落ちている部分があります。それは不動産投資自体の成否です。節税本の中では、不動産投資では毎月マイナスだけれども、還付金でプラスになっていると書いている本があります。
冷静に考えれば、不動産投資で毎月マイナスなので不動産投資としては成立していないのです。成立していないにも関わらず、節税という観点からあたかも成立しているかのように思わせています。
節税や生命保険代わりになるには、不動産が本物の資産であることが前提です。その前提が新築区分・ワンルームマンションでは崩れています。
初年度は不動産取得税があるので物件価格にもよりますが30万円前後くらいの還付金が得られるかもしれません。しかし、2年目、3年目からは不動産取得税のような大きな経費はないため、減価償却費があっても還付金はごくわずかです。
節税対策で新築ワンルームを買った瞬間に大損
新築区分・ワンルームマンションの最も大きなデメリットはキャピタルロスです。特に新築ワンルームマンションのようは2000万〜3000万円前後の物件は、特段差別化されておらず、かつ、超好立地という訳ではないため、購入した瞬間に7割〜8割くらいに下がります。
3000万円のワンルームマンションなら、買った瞬間に2100万円くらいの価値になります。マイナス900万円は、建築会社や勧誘してきた不動産業者の利益になります。
100万円の還付金が得られたとしても、投資自体ではマイナス900万です。2年目、3年目以降もわずかな還付金が得られますが、投資自体のマイナス900万を上回ることはありません。
新築ワンルームマンションの値下がり幅の考察
具体的な物件を見ながら、どのくらい新築ワンルームが値下がるのか調べてみました。物件の周辺でワンルームマンションがどのくらいの利回りで取引されているのか調べ、家賃をその利回りで割り戻すことで予想価格を示しています。この物件評価方法が簡易的な収益還元法と呼ばれています。
よくある勤務医の節税本に紹介されている新築ワンルームマンションは概ね利回り3%台です。
・新築ワンルーム 20平米前後 (都内23区、場合によっては神奈川県の横浜市や川崎市のことあり)
家賃年収 96万円(月額家賃 8万円) |
物件価格 2500万円 |
表面利回り 約3.8% |
では、実際に築5年前後のワンルームマンションはどのくらいの利回りなのか確認してみます。調べたサイトは、不動産投資家にはおなじみの健美家と楽待です。
・中目黒駅徒歩4分、築2年、表面利回り4.28%
中目黒駅徒歩4分という好立地の物件でさえも、築2年で利回り4.28%です。おそらくこの立地で新築ワンルームなら当初の表面利回りは3.5%や3%前半かもしれません。
では、収益還元法の考え方で、表面利回り3.8%、2500万円で購入した物件を4.28%の表面利回りで売りに出したらいくらになるでしょうか?家賃年収は下落していないと考えると96万円ですので、96÷0.0428≒2243(万円)となります。
物件価格 | 表面利回り | 築年数 |
2500万円 | 3.8% (家賃年収96万) | 新築 |
2243万円(-257万円) | 4.28%(予想) (家賃年収96万) | 築2年 |
つまり、築2年で250万円も値下っている計算になります。ただし、これは好立地の場所ですので、さらに立地の悪い23区や横浜、川崎などであればさらに物件価格が下がる可能性があります。
2年間で還付金は250万円も受け取れず、明らかに含み損です。
・渋谷区、初台駅徒歩8分、築9年、表面利回り4.86%
もう1つ、渋谷区の比較的好立地な物件で、専有面積20平米という典型的なワンルームマンションです。築9年で表面利回り4.86%なら、先ほどの中目黒のワンルームと大きく変わっていないと思うでしょうか?
見落としがちな点は家賃が下がっているということです。築9年で新築時と同じ家賃である可能性は低いです。一般的には平均すると毎年1%ずつ低下するといわれており、築9年であれば9%ほど家賃が下がっている可能性があります。
家賃年収96万円であれば、築9年では新築時の91%、87.36万円に下がっていると想定できます。月額家賃では80,000円が9年で72,800円に下がったことになります。概ね現実的な数字ではないでしょうか。
築9年、家賃年収87.36万円のワンルームの周辺相場が表面利回り4.86%と仮定すると、売却価格は87.36÷0.0486≒1798(万円)となります。
物件価格 | 表面利回り | 築年数 |
2500万円 | 3.8% (家賃年収 96万) | 新築 |
1798万円(-702万円) | 4.86%(予想) (家賃年収 87.36万) | 築9年 |
つまり、当初2500万円で購入した物件は約10年後には1800万円くらいになっています。マイナス700万円です。
百歩譲って家賃年収が変わらずに96万円だったとしても、表面利回り4.86%で割ると約1975万円となり、500万円値下がりしています。
10年間新築ワンルームを運営しても還付金で500万円も得ることはできません。明らかに損失、赤字です。さらには、予想した表面利回りでは売れずにさらに価格を下げないと売れないことも十分考えられます。
このように、新築ワンルームマンションは、都内23区好立地であったとしても、買った瞬間に大きく値下がりし含み損が発生します。場所が悪ければさらに家賃が下がり、売却時には大きく値を下げた価格で売却する必要が出てきます。
新築ワンルームマンションはほぼ失敗ということがお分かりいただけたかと思います。
新築区分、ワンルームマンションは30年や35年の長期ローンを組むことで大失敗を35年分割にしているため、失敗かどうかわかりにくい構造になっています。
10年後や20年後に売却しようとした時に失敗に気づきます。売却するまでは含み損が顕在化しないため、失敗に気づかない勤務医の先生方も多いのが実情です。
まさに心血管疾患のリスク因子を多数持っているけれどまだイベントが発生していない状況です。新築区分・ワンルームマンションは「負動産」ともいえ、資産ではなく立派な負債です。
ここまで偉そうに新築区分マンションはダメ、新築ワンルームマンションは失敗と言ってきましたが、正直にお話しすると、私自身が新築区分マンションを購入してしまった張本人です。
しかも、海外のコンドミニアムという日本の新築ワンルームマンションをさらに凶暴にした案件です。
勤務医が個人型確定拠出年金、通称イデコ(iDeCo)で節税できるのか?
最近では、銀行側からイデコ(iDeco)を勧められることがあります。
どのくらい所得税+住民税が節税できるのか簡単にシミュレーションしてみました。
条件:40歳、年収1000万、毎月の積立金額12,000円(企業年金あり あるいは公務員の上限)
1年間で43200円の節税ができる試算になります。ただし、デメリットとしては
・老後の資産形成を目的とした制度であり、最短で60歳からでないと受給できない
という点です。節税効果はありますが、毎月12,000円、年間144,000円の現金を60歳まで預けないといけません。特に投資は行なっておらず、貯金しているだけであれば、確実に所得税・住民税を節税できます。
私の場合には、得意な投資で今ある現金を利用した方が効率が良いと考えているため、iDeCoは行なっていません。
ただし、確実に節税はできます。節税のために新築ワンルームマンションを購入するよりはイデコが良いです。元本確保型とそれ以外があり、元本確保型だと口座管理手数料がかかってマイナスだという話があります。
しかし、イデコの目的は節税なので、投資自体の運用益についてはあまり期待しなくて良いのではないかと思います。
勤務医がプライベートカンパニーで節税できるのか?
勤務医の先生の中には、節税対策としてプライベートカンパニーあるいはMS法人(メディカルサービス法人)を利用する方法があることをご存知かもしれません。
これについては、開業医の先生であったり、講演料や医業コンサルティングによる所得が多い場合には、利用できるかもしれません。しかし、常勤の勤務医の給与を、プライベートカンパニーの所得として計上することは難しいと思います。
租税回避行為ともとられる恐れがあり、現時的ではありません。やはり結論としては、病院からの給与所得に対する節税対策はふるさと納税と生命保険料控除、住宅ローン控除、個人確定拠出年金(iDeCo)くらいでしょう。
私がおすすめする勤務医の節税対策
徐々に税負担が増している勤務医の先生方にとっては、ご家族のためにも節税をして少しでも老後のために資産を残したいとお考えかもしれません。
ですが、前半に書いたように勤務医の先生ができる節税対策は非常に限られています。また、安易に新築ワンルームマンションに手を出すと大変危険であることはご理解いただけたかと思います。
私の回答としては、個人での節税対策は限られているので、資産管理法人を設立して節税対策することです。
個人の節税対策ではないため、節税対策というよりも資産形成といったほうが正しいかもしれません。
ただ、法人(プライベートカンパニー)を設立したものの、何の収入もなければ節税にはなりません。病院の給与を売上に計上することも難しいです。私の回答としては、
しっかりと収益の出る不動産を購入することです。
収益がしっかりと出る1棟建て不動産を購入できたならば、節税よりもはるかに多くの現金や資産が残ります。さらに資産管理法人でその不動産を所有すれば、減価償却が使えるだけではなく、法人ならではの節税対策も使えるようになります。
ただし、新築ワンルームマンションのように誰でも簡単にはいきません。むしろ、誰でも簡単にできる投資では利益は出ないと考えたほうが自然です。
個人の所得税・住民税の節税対策は限られています。そのため、節税対策が多数ある資産管理法人での資産形成のほうが、長期的な視点からは効率的です。
勤務医、医師のための節税本にはご用心
開業医向けの節税本は、主に税理士の方が書いていてクリニックで利用できる節税対策など参考になることが多いかと思います。一方で勤務医向けの節税本については、不動産業者が書いた節税本であり、最終的には新築ワンルームマンションを勧めています。
何度も書いていますが、ワンルームマンションは初年度は節税できても不動産投資自体で大損するため、絶対に取り組んではいけません。医療の世界では絶対ということは言いにくいのですが、新築ワンルームマンションは絶対に買ってはいけない投資案件です。
本業が忙しい勤務医にとって、節税対策を学ぶ機会はほとんどないと思います。そんな中で節税に不動産投資が良いと聞けば、素直に信じてしまうかもしれません。
不動産業者の言われるがままに購入してしまっている勤務医は数百人単位でいるのではないでしょうか。病院ではお金の話や投資の話はタブーな風潮があるため、相談できずに一人で悩んで新築ワンルームマンションを購入してしまう先生もおられます。
スルガスキームによって億単位の割高な鉄骨造やRCマンションを買われた先生も実際におられます。不動産業者の利益が数千万円も乗っているような物件です。
勤務医の節税本は、不動産業者が書いた本ではなく、勤務医や医師が書かれた本のほうが騙されるリスクは低いと思います。読んだ中でおすすめできる本は勤務医・個人投資家Dr.Kさんの『医学生・若手医師のための 誰も教えてくれなかったおカネの話』(金芳堂)です。
比較的具体的で実践的な内容です。どちらかというと、不動産投資よりも株式投資を薦められています。
特に医師はマネーリテラシーが低いといわれており、年収は多いけれどぜんぜん貯金がないという医師も珍しくありません。
節税本を調べられている先生はそれなりにリテラシーが高い方だと思います。そういった先生こそ、騙されずにしっかりと資産形成され、経済的な安定のもと、診療に専念していただきたいと願っています。